DTMを始めた頃、俺はMIDIキーボードを「DAWを操作する入力装置」程度にしか思っていなかった。だから最初に買ったのは3,000円のminiキーボード。「音さえ入力できればいい」という考えだった。
その後、2本目、3本目と買い換え、合計で5万円近くを使ってようやく「最初からこれを買うべきだった」という1本にたどり着いた。その話を書く。

1本目の失敗:25鍵ミニキーボード(3,500円)
最初に買ったのはAmazonで見つけた中国メーカーの25鍵MIDIキーボード、3,500円。「入門用だし安いもので」という判断だった。
使い始めてすぐに問題が出た。鍵盤が小さすぎて和音が弾きにくい。ベロシティ(鍵盤を押す強さによる音量変化)の感度が均一で、強弱表現ができない。さらに経験したことがなかったのが「鍵盤数が足りない」問題だ。
25鍵は2オクターブ強しかない。コードとメロディを同時に弾こうとすると、すぐに鍵盤の端に当たる。そのたびにオクターブボタンで上下させなければならず、演奏の流れが完全に途切れる。「これじゃ弾けない」と感じるまでに2ヶ月かからなかった。
2本目の失敗:49鍵キーボード(1万4,000円)
「鍵盤数が足りなかったんだ」という結論に至り、次は49鍵モデルに移行した。M-AudioのKeystation Mini 32(当時価格約14,000円)だ。
49鍵になって弾ける範囲は格段に広がった。しかし今度は別の問題が顕在化した。鍵盤にまったく「重さ」がない、つまりセミウェイテッドすら非対応のシンセアクションで、鍵盤タッチが紙のように軽い。
軽い鍵盤の何が問題かというと、「ダイナミクス(強弱の表現)」が出しにくいことだ。強く弾こうとしても、軽い鍵盤はすぐに底まで到達してしまい、繊細な強弱コントロールが難しい。DTMでリアルなピアノやストリングスを打ち込む場合、このダイナミクスの欠如は致命的だ。
2本目を8ヶ月使い、俺は「次が最後だ。ちゃんとしたものを買う」と決めた。
3本目でやっと正解:Arturia KeyLab Essential 61

徹底的に調べた末に選んだのが、Arturia KeyLab Essential 61(市場価格:税込39,800〜44,000円)だ。
まず61鍵という鍵盤数。5オクターブあれば、ほぼすべての演奏ニーズをカバーできる。低音側でベースラインを弾きながら、高音側でメロディを弾くことが無理なくできる。
鍵盤はセミウェイテッド。完全なアコースティックピアノほど重くはないが、軽すぎず、ベロシティの感度調整が細かくできる。実際に弾いてみると、強弱表現が格段に向上し、音楽的なニュアンスをDAWに伝えやすくなった。
さらにKeyLab Essential 61の強みは、9本のフェーダー、8個のノブ、8パッドを搭載していること。これらがDAWのミキサーやプラグインパラメーターと連携でき、マウスに頼らない直感的な操作ができる。Logic ProやAbleton Liveとのプリセットマッピングも用意されていて、設定の手間が少ない。
Arturia独自の音源「Analog Lab V」が付属する点も見逃せない。6,500種類以上のプリセットがすぐに使えるので、キーボードを接続した初日から本格的なサウンドで演奏できる。
なぜNative Instruments KOMPLETE KONTROL M32を選ばなかったか
最後まで迷ったのはNative Instruments KOMPLETE KONTROL M32(市場価格:約18,000円)だ。32鍵とコンパクトで、NI製品との連携が強力。スタジオ作業用のサブキーボードとして人気が高い。
ただし俺にとっての決め手は「61鍵か否か」だった。リアルタイムで演奏しながら楽曲のアイデアを出したい俺には、32鍵では再び鍵盤不足に悩む未来が見えた。M32はコンパクトさが武器だが、それが俺には弱点だった。
この一品
「Arturia KeyLab Essential 61」——これが俺の3本目の、そして最後のMIDIキーボードだ。
購入から1年3ヶ月が経つが、今も不満はない。もしあの3,500円の25鍵から始めた俺に何かアドバイスできるなら、「最初から予算4万円を用意して61鍵を買え」と言う。
道具を間違えると、努力の方向も間違える。正しい道具を持つことが、正しい成長への近道だ。遠回りに費やすお金と時間は、もっと価値あることに使える。
▶ あわせて読みたい:ガジェットシンセを中古6,000円で買ったら音楽の入り口が変わった
ここからは完全に余談になるんだけど、MIDIキーボードを3本買い換えた話は「道具の選択が思考の質を変える」という普遍的なテーマでもある。安い機材でとりあえず始めることは悪くないが、道具の限界が思考の限界になる瞬間がある。表現したいものが道具に阻まれると、やがて「これが自分の限界か」という誤解につながる。道具が良くなると、やりたいことの解像度が上がる。その体験の積み重ねが、趣味を本当の意味で豊かにしていく。提言として一つ言うと、DTMや音楽制作の入門情報は「ソフトウェアの使い方」が中心で、「ハードウェアの選び方」情報が圧倒的に少ない。特にMIDIキーボードは鍵盤数・ベロシティ感度・付属音源の違いが初心者には伝わりにくい。「制作スタイル別の選び方ガイド」が充実すれば、買い直しによる無駄な出費を防げる人が増えるはずだ。最初から正しい道具を選べる人が増えることが、音楽制作の裾野を広げることにつながると思う。





コメント